アックインテリジェンス通信

アクセスカウンタ

zoom RSS 温故知新:ドラッカーの警告「企業の目的は利益の極大化にあるのではない」

<<   作成日時 : 2008/10/03 00:06   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

以下の抜粋はやや長いけれども、ドラッカーの「チェンジリーダーの条件」(2000年)からのものである。が、驚くなかれ、これは、もともと、1973年に出版された「マネジメント」(日本語抄訳は1975年に発売)からの再録である。35年を経た今読んでも、その主張はぼやけることなく、むしろ危機感をもって迫ってくるものがある。

チェンジ・リーダーの条件―みずから変化をつくりだせ! (はじめて読むドラッカー (マネジメント編))

P・F. ドラッカー (著), Peter F. Drucker (著), 上田 惇生 (著)
出版社: ダイヤモンド社 (2000/09)

第2章 われわれの事業は何か (P.27-29)
利益と社会貢献は矛盾しない
 企業とは何かと聞けば、ほとんどの人が営利組織と答える。経済学者もそう答える。だがこの答えは、まちがっているだけでなく、的はずれである。経済学は利益を云々する。しかし、利益の極大とは、「安く買って高く売る」にすぎない。企業のあり方についても説明しない。
 利益の極大には意味がない。利益の極大なる概念には、利益というものの意義を誤って神話化する危険さえある。利益と収益性は、個々の企業にとって重要であるとともに、社会にとってはさらに重要である。だが利益は、企業と企業活動にとって、目的ではなく制約条件である。利益は、企業の活動や企業意思にとって、原因や理由や根拠ではなく、その企業の活動の妥当性を判定する基準である。したがって、たとえ天使を取締役に持ってきたとしても、すなわち金銭に対する興味をまったくなくしたとしても、利益には重大な関心を払わざるをえない。
 こうした混乱が生じた原因は、利潤動機なる心理的な動機によって、人の行動を説明できるとの思い込みにある。だが、そもそも利潤動機なるものが存在するかさえ疑わしい。それは古典派経済学者が、均衡理論では説明できなかった経済の現実を説明するために発明したものである。利潤動機の存在を証明するものはない。われわれは、かつて利潤動機によって説明していた経済変動や経済成長の真の要因をすでに見出している。
 利潤動機なるものは、企業の行動や利益を理解するには役に立たない。何某が儲けるために事業を行っているということは、彼と彼の記録係の天使だけの問題である。そのことから、彼が何をいかに行っているかを知ることはできない。
 利益の極大なる概念は、的はずれどころではない。害を与えている。この観念のために、利益に対する誤解や敵意が生じている。しかもその誤解と敵意こそ、現代社会におけるもっとも危険な病である。さらには、企業の本質、使命、機能を誤解した最悪の過ちが公共政策において生じているのも、主としてこの概念のせいである。また、利益と社会貢献は矛盾するとの通念が生まれているのも、そのためである。実際には、企業は高い利益をあげて、初めて本当の社会貢献を行ったことになる。

ドラッカーは、利益を否定はしないし、むしろ手段として積極的に認めている。だが、それが目的と化した時の害の大きさを警告しているのである。

産地偽装、消費期限の書き換え、メラミン混入、汚染米、食の安全を信じ切ることが難しくなってきた昨今、企業の目的は利益の極大ではない、と言い切るドラッカーの言葉を、全ての経営者に噛み締めて欲しいものである。更には、高い報酬を得る一方で、サブプライム問題を起こし世界経済を恐慌に陥れた経営者にも。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
温故知新:ドラッカーの警告「企業の目的は利益の極大化にあるのではない」 アックインテリジェンス通信/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる